旅人
- Ayako

- 2018年8月9日
- 読了時間: 4分
「旅人」という言葉がどういう意味を持つのか改めて調べたわけではないけれど、ただ「旅行する人」とは感覚的に違う意味を持っていると思う。
旅をする人はジプシーのような生活に憧れを持つ人もたくさんいるだろう。ノマドワーカーやジェットセッターなんて言葉が生まれたように、旅と限定しなくとも移動することというのは本来人間が好む一つの行動なのかもしれない。



今回の旅はマルタ島に泊まったけれど、実際行ってみると日帰りで周るには勿体ないほどゴゾ島は魅力的だった。
旅をするときに泊まる場所はとても重要だと思っている。もちろん、時間に制限のない旅ができるなら、そこまで考える必要はないだろう。けれど、期間も行きたい場所も決まっている旅では事前に決めている人のほうが圧倒的に多いのではないか。
北海道を旅するようになってから、宿を決めずに旅にでたり、移動しながら旅をすることが多くなった。 今は直接宿の人に声をかけなくても、電話やネットがあればいつでもどこでも予約することができる。地球の裏側にいたって、真夜中にだって予約することができるし、予約状況を確認することだってできる。
出発前に決めるなんてむしろナンセンスというか不都合のほうが多いかもしれない。だって実際に周らないとどこが便利か?どこがおもしろいか?どんな発見があるのかなんてわからないのだから。




今年の5月に北海道を旅した時もまさにそんな感じだった。必ず、なんとしても行きたい場所は一ヶ所だけ。そうなるとその場所へはどのタイミングで行くか?その前後はどうするかということになる。
けれどそれすら決めきれなかったほど旅の前は疲れきっていて慌ただしかった時期で、結局旅の当日どうにでも調整できるよう一泊目の宿だけを決め出発することにした。
しかし、冷静に考えるとハイシーズンでもないのだから、一泊目の泊まる場所ですら決めなくてもどうにでもなったと思う。 万が一泊まれなかったらさすがに困るという気持ちがあるからこういう行動になるのだろう。けれど、北海道は温泉がたくさんあるからお風呂には困らないし、キャンプ場に行けばどうにか夜を過ごせただろうから、実際どうにでもなっただろう。
生きていく上でサバイバル能力が必要だと思ったことはないが、ある程度の冒険力というか適応能力というか、そういったものは旅をするたびに身に着いているかもしれない。 うるさくても、周りに人がいても寝ることができたり、太陽の方向を気にして歩いていたり、地図を見る癖がついたり。なんとなく「便利」なだけの枠から、はみ出たところでも生きていきたいのかもしれない。
ネットがあれば、どこでも繋がれる世界とは言え、やっぱり人間の野性的な勘や感覚というのに勝るものはないのではないか。 都会に住んでいると、周りにいる人に聞いたほうが明らかに早く済みそうだが、ネットでつい調べてしまったりする。 そんな時ふと、“あ、またケータイを見てる。”そんな風に思ったりするものだ。
わたしの場合は海外に出るとホテル以外で極力ケータイを使わないからだいだい頭の中に必要な情報をインプットしている。この便利な世の中でどちらがいいかなんて単純な比較はできないけれど、普段から自分の直感みたいなものを信じたいわたしはそんな能力を大切にしたいのかもね。




今回マルタを旅したときはマルタ島に泊まることしか頭になかった。実際フリーのツアーで行ったわたしたちにゴゾ島に泊まる選択はなかったとも言える。けれど旅をするたびに思うけれど事前に決める旅も楽しいが直感に従って、わくわくする気持ちを中心に周る旅のほうが、好きなことを思う存分満喫できる気がする。
そして“ここは日帰りで周れます。”という情報は、頭の片隅にいれておくという程度の情報でしかなく、それが真実だとは限らない。自分にとってどう感じるかなんてやはりわからないものだと思った。
帰国後母とは何度も“どこに泊まったらよかったのか?”と話し合ったほどマルタ熱が続いていた。もっと敏感にもっとフットワーク軽く、まさに旅人と呼べるそんな人になりたいと思う。





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